伊豆諸島が東京都の管轄となった経緯

伊豆大島、利島、新島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島など100余りの島からなる伊豆諸島の行政区画は東京都です。

伊豆諸島は複雑な軌跡をたどってきた歴史があり、鎌倉時代には伊豆国の所領となっていて、代官が置かれ、本土に支配されていました。

江戸時代には幕府の直轄地とされ、流刑地となっていました。

1870(明治3)年に韮山県の管轄となりましたが、翌年には足柄県の管轄に、5年後は静岡県の管轄となるという経緯をたどります。

そして1878(明治11)年に東京府(現・東京都)に組み込まれることになりました。

離れた島々が東京都になったのは、軍事的な理由が関係しています。

首都である東京が海上から攻められることになった場合には、軍隊は南の海上に位置する伊豆諸島を通ってくる可能性があり、敵の動きを察知する監視体制を整え、守りを固めるために政府は伊豆諸島を東京の管轄としたのです。

東京府の管轄がそのまま東京都に受け継がれたというわけです。

第二次世界大戦後、伊豆諸島は連合国軍総司令部により日本政府から切り離されましたが、2か月後には日本の領土に戻り、政府により各島の港湾施設の整備が整備されて本土との交通網が充実することとなりました。